小金湯の桂・古木に魅せられて

―木に向かう(1)―

福岡幸一 (版画家)

札幌市南区の小金湯温泉に桂の古木があり、その樹に纏わる話がある。「定山和尚が巡錫のみぎり、この老樹の根方に一夜の仮寝を結びましたが、その夢枕に現れた樹霊に衆生済度の霊泉の湧源を示された」と伝えられている。定山渓から温泉が発見されたのはその後である。

100年前、この樹は樹高50mを超え、他の木を圧倒し遠く離れた所からも見えるほどの巨木であったとか。1972年(昭和47)、北海道記念保護樹木に指定され、北海道百銘木の一つとなり、「小金湯桂不動」と呼ばれている。

1994年、私は桂の古木を訪ねた。その樹は、冬の空に黒々と枝を張り樹齢にふさわしくゆったりと静かに存在していた。そのすさまじい生命力に魅せられ、この樹を描いてみたい衝動に駆られた。

「冬の古木・桂」
「冬の古木・桂」(44cm×51.5cm)

その樹は、とぎれとぎれの時間では枝の1本も捉える事が出来ず、じっくりと時間をかけて、対時することにした。巨木と思わせた老木は、現在は、樹高、20m、根回り12.2m。幹は700年から800年の歳月を経て空洞になり、さらに落雷を受け中心の幹のほとんどを失い、大きな「ウロ」となっている。歴史を背負う太く大きな根が、大地に深々と根を張っている。その根には、幹の外側を取り囲むように2代目が、陽の当たる処には3代目の「ひこばえ」が息づいている。ウロとなった幹に残された枝は、周りの枝に支えられ一翼を形成し、見事な樹形をなしている。まさに、自然界に包まれた桂の生命力が何食わぬ顔で生き続けている。

私は、この老木を正面から受け止め描く事にした。下絵は不充分であったが、すでに樹は芽吹く季節を迎えていた。私はやむを得ず制作に入ることにした。しかし、その作品はこの樹を捉えきれず、桂の樹の絵は改めて挑戦する事にした。1997年の事である。

翌年、再度桂の古木と向き合った。4年間下絵作りと作品制作を繰り返した。晩秋、冬、早春、樹は色々な顔をみせていた。真冬になると外での下絵作りの仕事は1時間が限界である。温泉でお茶を飲み、身体を温め休ませた。しかし、外に出ると5分で身体は冷え込む。

桂の古木は5月の連休の頃芽吹き、その1週問前に樹が赤く染まる。それが終わると、やわらかい緑となり一気に枝を隠す。丸い小さなハート型の葉は、秋にはイチョウ葉のように黄色く色づき、落葉して冬を迎える。ある時、赤い芽吹きは花である事を教えられた。赤い芽には細く長い花弁がびっしりと束になっていた。

2002年夏、この地、黄金湯温泉旅館で「桂」の個展が開催出来た。この老樹に感謝している。

『美術ペン』107号(2002年8月28日発行)より

inserted by FC2 system